2010年01月10日

設定

創価学会だとかのもろカルトってゆうんじゃなくても、宗教やってるってゆう人はおおぜいいますから、
こうゆうことゆうと、また、そうゆう人達のご気分を
害してしまうかもわかりませんけども、
そこはゴメンナサイとして、ちょっと書かせて頂いちゃいましょうか。

          ◇

【宗教】って聞きますと、やっぱりなんか、
別に信者でなくても、なんだか特殊な感じを
抱いてしまいがちぢゃないかと思います。

人によってはですけど、とりわけて信者の人なんかは、
それをとてもありがたがったり、また、救いをもとめちゃったりと。

しかし、つとめて客観的に、むしろあえて
さめた言い方をするとすれば、
”それ”っていうのは、ただの【設定】に過ぎない
かも、わかんないですよね。

そうっす。宗教というのは、単なる【設定】です。

そうはいいましても、その設定内容の違いが元になっての、
憎しみあいだとか殺しあいといったものも、
人間社会では現実にあったりもしたりしますんで、
人類の、これはサガなのかもわかんないですけども、
ま、むずかしいことはわかんないです。

          ◇

メメさんのブログの池田大作のことについての記事、
読ませていただきました。
メメさんのブログせっかくおもしろいのに、
あそここそ、もっとちょくちょく更新して欲しいもんですよね。

池田大作については、
彼は創価学会では偉大なる指導者、
永遠の指導者とゆうふうに設定されてますんで、

およその信者は彼のことなんて実際には
漠然としか知らなくても、なんか”人生の師匠”だとか
言っちゃったりとかしちゃってますよネ。

まあ、【設定】が現実のそれと、大きく剥離
しちゃってるケースは、創価学会に限らずとも、
多分いろんな宗教でみられることだと思いますんで。

創価学会の場合でいったら、実際の池田が
どんなにうそつきでも、また温泉好きでも、
信者から集めまくった金で得た
地位や名誉を誇示したりしちゃってすげえかっこ悪い
見下げた人であったりしてても、
信者はやはりどうしても、粉飾された【設定】のほうを
ほんとうのことみたいに思っていたいのか、

  実際はどうなのか?と、

そんな風に疑問を抱くことすら、
なんか、いけないことのように考えちゃうんですよね。

逆に「先生への感謝の思いでいっぱいです」的なのが、
信者としては模範生です。

創価学会のいろいろな設定の中でも、
池田大作についてのことは創価学会では、
非常に重要で、かつ、大きな面積を占めてるといって
いいと思います。

一体だれが、そのようなカタチにもってったのかは、
まったくもってわかりませんけども、
ともかくも、創価学会ではそうゆう【設定】に
なってるんですよね。

posted by ちゅうた at 03:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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